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  • 中島俊哉

    中島俊哉から見た土肥義弘土肥義弘

    二軍での活躍が認められ6月17日に3年ぶりに一軍登録されると、当日の横浜戦(フルスタ宮城)で「8番・左翼手」として先発出場した。その試合で2回裏に逆転となる2点タイムリー二塁打を土肥義弘から放ち、プロ初打点を挙げた。試合終了後は初のヒーローインタビューを経験し、緊張した口ぶりで話した。しかし調子を落とし、7月9日に二軍落ち。その約2週間後に左ハムストリングを痛め、最終日まで一軍復帰は果たせなかった。中島俊哉 フレッシュアイペディアより)

  • 小久保裕紀

    小久保裕紀から見た土肥義弘土肥義弘

    、交流戦初年度に12本を放ち、交流戦本塁打王になる(タイで4人受賞)。レギュラーシーズンでは不調期間が長く安定感には欠けたが、5月3日から、1試合を除く全試合に4番で出場。横浜・土肥義弘からプロ入り初の3打席連続本塁打を放つなど、シーズンでは34本塁打を記録し、低迷するチームの中で孤軍奮闘の活躍をみせた。FA権を取得したが、入団時に2年+1年(球団側に選択権がある)オプションの最高3年契約を結んでおり、球団がこのオプションを行使し、巨人に残留した。小久保裕紀 フレッシュアイペディアより)

  • 片岡篤史

    片岡篤史から見た土肥義弘土肥義弘

    4月2日の西武戦で土肥義弘からソロ本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成した。5月31日の福岡ダイエーホークス戦で1000試合出場を達成した。6月13日の近鉄戦では1000本安打を達成した。6月30日の対西武戦で、9回裏に松坂のノーヒットノーランを阻止するヒットを打っている。打ったボールは前年空振りを喫した高めの直球であった。同年は節目だらけの年となり、打率.290で自己最多の21本塁打、97打点をマークした他、2年ぶりに最多四球を記録した。また、1997年から2000年まで4年連続でオールスターゲームに選出された。片岡篤史 フレッシュアイペディアより)

  • 脇谷亮太

    脇谷亮太から見た土肥義弘土肥義弘

    ''(1年目)に、イースタン・リーグで8打席連続安打を記録し、6月4日の対西武ライオンズ戦で、小久保裕紀に代わり一軍登録、即先発出場を果たした。この試合で9回裏に三塁打を放ち、清水隆行の犠飛で本塁に生還し、チームのサヨナラ勝ちに貢献した。さらに6月8日の対福岡ソフトバンクホークス戦で、斉藤和巳の完全試合とノーヒットノーランを阻止する投手内野安打を放ったが、直後に牽制でアウトとなり、結果的に打者27人の準完全試合を決められた。なお、翌3月4日の対ソフトバンク戦(オープン戦)でも、9回二死の状況で完全試合を阻止するこの試合唯一の安打を放っている。同年シーズン後半は1番・二塁手として固定され、2番・中堅手の鈴木尚広と「ダブル1番」として出場。8月15日の対東京ヤクルトスワローズ戦では1番・二塁手でスタメン出場すると、5打数4安打の猛打賞の活躍を見せたほか、10月5日の対横浜ベイスターズ戦では土肥義弘からプロ初本塁打を放った。シーズンでは後半戦200打席超で、打率.270の成績を残した。脇谷亮太 フレッシュアイペディアより)

  • ランカスター・バーンストーマーズ

    ランカスター・バーンストーマーズから見た土肥義弘土肥義弘

    土肥義弘 (2011年、元:埼玉西武、横浜)ランカスター・バーンストーマーズ フレッシュアイペディアより)

  • グリーンメディア

    グリーンメディアから見た土肥義弘土肥義弘

    土肥義弘(野球解説者)グリーンメディア フレッシュアイペディアより)

  • シェーン・スペンサー

    シェーン・スペンサーから見た土肥義弘土肥義弘

    メジャー時代同様に左投手に強く、同年に放った本塁打9本中3本がヤクルトスワローズの藤井秀悟からのものだった。7月22日の対ヤクルト戦(阪神甲子園球場)では藤井-五十嵐亮太-石井弘寿の投手リレーに対し、チームがわずか3安打1得点と抑え込まれる中で、その1得点はスペンサーの本塁打によるものであった。8月21日の同カード(明治神宮野球場)にはチームが藤井に5回まで1点に抑えられる中、6回まで好投していた安藤優也の代打で出場してレフトスタンドへ値千金の8号2ラン本塁打を放った。試合後に藤井との相性を尋ねられた際には「たまたまだよ」と謙虚に答えている。また、9月4日の対横浜ベイスターズ戦(札幌ドーム)では相手先発の土肥義弘相手に2安打1得点と攻めあぐねていたが、この2安打1得点はすべてスペンサーのバットから生まれたもので、延長10回に入ってからも犠牲バントを試みるなど、チームの勝利に対する熱意を見せた。シェーン・スペンサー フレッシュアイペディアより)

  • レニー・ハート

    レニー・ハートから見た土肥義弘土肥義弘

    この他、2006年は横浜スタジアムなどでの横浜ベイスターズ主催試合での「クアトロK」(木塚敦志、川村丈夫、加藤武治、マーク・クルーン)及び土肥義弘(登場曲がPRIDEのテーマだから)投手の登場時のコール(録音)も担当している。レニー・ハート フレッシュアイペディアより)

  • 笠原昌春

    笠原昌春から見た土肥義弘土肥義弘

    2007年、横浜の土肥義弘に対してシーズン中2度、2段モーションを指摘した。その際投げた球はボールの判定となった。笠原昌春 フレッシュアイペディアより)

  • 星野智樹

    星野智樹から見た土肥義弘土肥義弘

    2003年の日本シリーズをテレビ観戦していたところ、自身と同じ左腕投手である吉野誠(阪神タイガース)がサイドスローで福岡ダイエーホークス打線を抑える場面を目にしたことで、投球フォームをサイドスローに変更した。これが功を奏し、は土肥義弘に代わって左のワンポイントとして一軍に定着、チーム最多となる56試合に登板して四死球が36個と制球難は改善されなかったが、防御率2.15と結果を残すことができた。星野智樹 フレッシュアイペディアより)

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